思考拡張日記。

日々感じたこと、学んだことを文章にしています。

川釣りで、この世の真理を学んだ。



昨日、人生初の川釣りをしてきた。

いつも何とも感じていなかった街中の川が、竿を持っていくだけでアウトドアゲームのスポットになってしまう感じがとてもよかった。

早朝から行ったので人は少なかった。


これまで釣りって色んな趣味のなかでも敷居が高いイメージが強くて挑戦する気になれなかった。難しそうとか、道具代がかかりそうとか。だが、同行してくれた歳上の方の話を聞いていると、必要最小限のアイテムを揃えるのには全部で1万円ほどしか掛からないと知った。
なんか竿だけで何万もしたりするみたいなイメージを持っていたので、結構驚いた。
その方は釣り具は10前ぐらいに全部揃えたやつを今でも使っていると言っていて、「めちゃめちゃコスパいいじゃん」と感じた。

仕掛けの針も先が丸くなってきたらヤスリを掛けてしまえば、また利用できるとかで、工夫次第で幾らでも安く済むんだなと学んだ。


あと難しさは、思ったほどでも無かった。
なんかとりあえずやってみることの大切さを改めて実感した。

釣りは作業ゲー

作業ゲーだった。

竿を振る→釣る、の繰り返し。
振り方のコツとか細かいことを気にするよりも、とにかく竿を振る回数を1回でも多くしておけば、ゴリ押しでいけてしまう。
雑すぎる作業になったら意味はなくなるけどポイントだけ押さえておけば結構、魚が引っかかってくる。

何回もやっていくなかで少しずつ軌道修正していく

何回も同じ作業を繰り返していると、自分の中のダメな部分や工夫してみたいポイントが見えてくる。見えてくるというか、なんかこっちの方がいいかもみたいな感じがしてくる。それを試してみたり、「やっぱり良くないな」とかで元のやり方に返ってみたりとか、そういうのの繰り返しだ。

世の中は作業ゲーばかり

世の中は作業ゲーしかない。
回数をこなせばそれなりになってくる。

習うより慣れろって言葉があるけどその通りだと思う。
ただ自分の経験ばかりを頼って、先人の言葉や知恵を蔑ろにしてしまうのはよくない。よくないというかめちゃくちゃ損をする。玄人からコツを学ぶ方が効率的だし、専門書とかで勉強するほうが手っ取り早い。
最終的には自分の力でやっていかなきゃいけないので、反復練習に努めるしかない訳ではあるが。



釣りをやったお陰で、この世はやっぱ作業ゲーばかりだし、他人よりも1回でも多く繰り返すにはどうしたらいいかを考えてみることが大切だなというのを学んだ。

働きたいマンが働いてくれれば、良い社会になる。


世の中のほとんどのことが、趣味の問題って言葉で片付けられるなと感じている。

働くことだって単なる趣味だ。
生きていく上で必要な最小限のお金を確保すれば、それ以上は個人の好みの問題になる。

他にしたいことが特に無いから働くとか、なんかいっぱい働いていると惨めな気持ちになれて気持ちいいみたいなマゾ的な思考とか、頑張っているオレ偉いみたいな心とかで労働している人は多い。

なので、働きたい人がどんどん働いて、働きたくない人は働きたい人に仕事をどんどん任せたりしていけばいい。
そうすれば互いに幸せになれるし、代わりに働いてくれてありがとうございます!と伝えておけば角も立たない。

ひとつ問題があるとすれば、労働は尊いことだぞパーソンが、必要以上の仕事を無理強いしてくること。
これは良くない。

ガンガン働きたいならば勝手に1人でやってほしい。みんなでやるぞ!みたいなのに巻き込まれるのはしんどいし、嫌だな思う。


とりあえず仕事に穴を開けないよう、与えられたものだけを回していけば社会は回っていく。
穴が開いても、労働マニアが埋めてくれるから別に問題はないのだけれども。
ただ、仕事に適してない人たちに労働を与え過ぎることによって、潰してしまうのが問題だ。
そうなってくると回らなくなってくる。

そんな単純なことも分からない人が多い社会はダメだと感じている。

うまく長時間寝られない。

長時間の睡眠を確保できなくなった。
運動量が足らないのだろうか?

ほとんど自宅でじっとしていることもなく外出をしているし、仕事で職場に泊まるときも睡眠時間は4時間くらいとが短いのに、頑張って寝ても5時間半とかで目が覚めてしまう。
身体のだるさ然り頭の中の明瞭さにも欠けているし、そもそも体調が万全にならない。この傾向はあまり良くないなと思っている。

学生時代とかそれこそ無限に眠れたし、まったく目が覚めなかった。気が付けば午前10時を回ってたとかよくあることだったのに。

自分はショートスリーパーの存在を信じていない。
単にうまく眠れない不眠症気味の人たちだと思っている。
同じ人間という生物でありながら必要な睡眠量が大幅に異なるとは考えられない。


睡眠不足だとネガティヴになりやすかったり、すぐに疲れたり、全然元気が無かったりと悪いことが多い。精神的余裕も失うし困る。

働く暇なんか無いんだよ。

毎日やることが多すぎて、働いている余裕なんて無い。

図書館で借りたCDのリッピングや、借りたりした本や買った本の消化活動もしないとどんどん溜まる一方だ。

面白そうな新刊のリサーチのために書店を巡らねばならないし、売れそうな古本を発掘もせねばならない。

自宅の不要物を分けてネットに出品することもしなければいけない。写真を撮って説明文書いて梱包材の準備もしたい。


メールの返信とかの連絡作業もしたり、情報収集のためのネット巡回もしたい。

ブログ書いたり日記書いたりもしたい。

引越しの準備もどんどんしなきゃいけないし、忙しい気がする。

タスクが山積みだ。


おわり。

読書感想文。『無敵の思考』 ひろゆき著


「なるべく楽に生きたい」とか、
「ストレスを多量に抱えこむ人生は無理だ」とか、考えながら日々生活しています。

それがゆえに、読書により楽な生き方を学ぼうと本をよく読んでいるのですが、少し前に買った本がとてもよかったので、ガンガン引用したいなと思いまして、今回は記事を書いています。

その本は、
無敵の思考 ――誰でもトクする人になれるコスパ最強のルール21』です。

著者は元2ちゃんねる管理人として有名なひろゆき氏です。


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この画像は有名ですね。


さて、『無敵の思考』の中からどんどん書いていきたいと思います。

論理的に考えて論理的に論理的に結果を出す生き方が幸せになれる

まずは、前書きの文章から

世の中には、お金があれば幸せになれると思っている人がいます。
お金だけじゃなく「能力があれば」「頑張り続けたら」「ポジティブ思考だったら」と、いろいろな思い込みをもって自分が今、不幸であることを悲観する人がいます。
でも、これはかなりの部分が幻想であって、思考停止に近い状態だと僕は思っています。そして、「考え方」さえ変えれば解決できる話だったりします。

これはよく思います。少し世の中の見方を変えるだけで、すごく生きやすくなるなと思うことが多々あります。

ランニングコストは上げない

生活を続けるお金、つまりランニングコストが高いと、そもそも、「仕事を辞める」という選択肢がなくなってしまいます。すると、どんなに嫌なことがあっても、「言われたことはちゃんとやらなきゃいけない」というマインドになります。
これが別に、生活レベルが低ければ、「じゃあ辞めるわ」と言って簡単に会社をやめて、他の仕事を始めたりできます。
給料は下がってもタダで楽しめるのであれば、食う分だけ稼いで楽しい生活をするという生き方をしたっていいはずです。<<中略>>
でも、社会人になってランニングコストを必要以上に上げてしまった結果、楽しむためではなく、その上がったランニングコストを維持するために時間を使い続ける人が多いです。
こうなってしまうと不幸な人生から抜け出せません。

なるべく労働をしたくないので、ランニングコストは下げられるように気を遣っています。といっても、かなりの無駄は存在しているのですが...

ホームレスになる覚悟を持つ

成功している人に多いのが、「ホームレスになる覚悟がある」という考え方です。
ホームレスになったら、誰を頼ればいいか、どこから食糧を調達するか、自分の能力ですぐにお金を稼げるものがあるか...そういったことが頭の中で描けているのです。
要するに、「最悪の状況を考えておく」ということを、前もってきちんと認識できているわけです。
最悪の状況を考えておいて「それでもちゃんと暮らせるよね」という想定が出来ていれば、リスクを取って面白いことにチャレンジできます。

ホームレスになる覚悟になるまでは持てていませんが、単純なるビンボー暮らしならば幾らも耐えられます。お金を遣うことに興味関心がないので、やっていけそうです。

利用できる物は全て利用する

いくら頭の良い人でも情報が足りていないと、間違った結論を導くことがあります。
先輩や年取った人など、同じ業界に長くいる人というのは、それなりに情報が多いわけだから、まずは情報の多い人の判断を仰いで従うというのが、賢くて効率がいい考え方ではないかと思うんです。
会社の中で、上司の言ったことをそのままやり続ける人がいるとします。そういう人を見ていると、たしかに「バカだな」と思うのですが、その人は上司には好かれます。
結果として、上司に好かれたほうが、会社ではものすごく居心地がよくなるので、下手に自分で考えて何かやるよりは、「言われるがまま、ひたすらやる」というほうが、結果、正しいことが多いです。
ある程度、会社の情報が見えてきてから「こっちのほうが、もうちょっとうまくいくんじゃないの?」みたいなのを考えてもいいでしょう。
「先人を敬う」というのは、若者に嫌われがちな格言ですけど、僕は先人であれ何であれ利用できるものはすべて利用しつくせと思っています。

ひろゆき氏の口からこの様な話が出てくると思わなかったです。先人なんてクソ食らえ的な生き方だと思っていましたが、真逆でありました。
確かにそういう見方があるよなと、この部分に関しては学びが多かったです。

根拠のない自信を持つ

お金があるかないかにかかわらず、幸せそうに生きていたり楽しそうだったりする人は、「根拠のない自信」を持っています。
「根拠のない自信」を持っている人は、根拠がないのだから、拠って立つものもなくて、だからその自信は崩しようがありません。
たとえば、全然知らない人が10人集まったとします。そのときに何か全員でやらなきゃいけないことがあったとしたら、主導権を握る人は、「自信ありげにしゃべる人」です。
学歴が高かったり、実は賢かったりしても、おどおど喋る人は主導権を握れないわけです。

失敗する時は、何をしても失敗するものだと割り切っていると、不安はある程度軽減されるなという気がします。
分からなくても、どうにかなるだろうと自信を持っておくことは大切だと感じます。

消費者は一生、幸せになれない

幸せかどうかは、消費者のままかクリエーターになるか、ということでも分かれると思います。
楽しさや幸せを、「お金を使うことで感じる人」は、一生幸せになれません。
それは、幸せを感じ続けるためにお金を使い続けなくてはいけないからです。<<中略>>
消費者のままの人生から抜け出すためには、クリエーターになるという方法しかありません。モノ作りをする人は幸せを感じることが出来ます。
「お金をかけなくても幸せになれる手段」なので、それを持っていると、自分の時間さえあれば、その分だけ幸せになれます。
つまり、時間があればあるほど幸せを感じられる、無敵状態になれるわけです。
ただ、お金をかけなくては幸せになれないと思い込んでいる人は、それを買いに行くための時間と、そのためのお金の両方が必要です。
そして、そのお金のために、「さらに働く」という時間も必要です。
単に時間があれば幸せになれる人よりも、ものすごい量のストレスがかかります。

自分は時間されあれば幸せになれるタイプなので、割りと生きやすいです。
確かにお金が無いと幸せを買えないと考えていた頃よりも、ストレスは減りました。

「お金を使いたい人」を利用する

世の中には意外と、お金を使いたい人が多くいます。
相手がおごりたがっているときは、遠慮してはいけません。
その欲望を満たしてあげるのも大事なことです。
「ああ、人にご馳走して気持ちいいな」という快楽が存在するということです。

確かに無意味におごりたがる人は一定数存在しています。自分はついつい遠慮しがちな態度を示していたのですが、相手がそれで良いと言っているのだから、甘えてよかったのだと思います。これからはそうやって生きます。

「言えないストレス」は溜めない

気を遣わないでいられる人が友達です。
気を遣わないことが苦痛に思われるのであれば、「ごめんなさい」と言ってさっさと縁を切ってくれたほうがいいわけです。
万人に好かれることは絶対出来ません。
自分のことを嫌いになる人は、必ず一定数、存在すると思っています。そういう人は遅かれ早かれいつか嫌いに思われるので、早めに切ったほうが時間も使わなくていいんです。

嫌いな人間ともうまくコミュニケーションを取れるよう気を遣ってきたが、限界があるなと感じている。
精神に良くないから、言えないストレスは溜めないようにしていきたい。



他にも為になる話は多数、出て来ます。
とても良い本なので、ぜひ読んでみてください。

無敵の思考 ――誰でもトクする人になれるコスパ最強のルール21

無敵の思考 ――誰でもトクする人になれるコスパ最強のルール21

他人に頼らない生き方を目指す。


なるべく他人に頼らない生き方。
それを自分は実践していくようにしている。いわゆる無頼といえようか。
そんな他力本願ではない生き方について書いていこうと思う。


全く頼らない生活はできない

頼らない生活と言いながらも、完全なる自給自足は事実上不可能である。
周囲からの恩恵無しでは生活は成り立たない。

まず、そもそも賃貸契約を行い、住まいを確保している時点で他人の力を利用している。電力等のインフラ然り。

しかし、なるべくは自分で出来る範囲のことは自分で済ませてしまおうの精神は必要なのではないかと思っている。

自分で出来るようにした方がいい事のライン引きは大切

これは少し調べれば自分で出来るようになるからやってしまった方がいい、という感じの項目は多くある。
ちょっと面倒だからとか、後回しにしたいから、その間に誰かやってくれないかなみたいな習慣は良くない。
誰かに任せることは、結構なストレスを抱えることになる。
「自分で全てやってしまいたい病」にまでいくと問題も発生してくるが、なるべくは自力で行動するようにしておくと生きやすくなる。これは絶対的にそうである。

自分で調べる習慣、やってみる癖はマジで役立つ

これは、めちゃめちゃ役に立つ。
だいたい、世の中の殆どのことは何処かの誰かが成し遂げているわけで、出来ている人間がいるのに自分だけ出来ない訳がない位のスタンスで生活するとよい。
調べ方にもコツがあったりする。そのコツはどうやって掴むかといえば、自分でまずは出来ることから始めてみるというのが大切だ。そこから結構、道は開けていく。
出来るかどうかとか迷ったら、勢いで始めてみよう。ただ、最低限のリスクヘッジは必要である。旧日本軍の万歳攻撃のようなモノでは困る。

問題にぶち当たった時に解決策を導き出せばいい

人生はどこに壁があるのか分からない。
それが全てあらかじめ見えていれば、前もって対処可能だろうけれども、そうはいかない。
ならばとりあえず進んでみて、壁に当たった時に解決策を見つけていけばいいと思う。
特に、自分の生命に関わることとなれば、全力で抜け道を探し始めるはずだ。


案内人を待ち続けるだけの人生にさよなら

何もせずにぼーっと生きてても、誰かが助けてくれるとか教えてくれるとか、やってくれるとかの妄想を持ち続ける人間はダメだ。
自分から働きかけなければ何も起きない。いい加減にその事実に気付くべきだ。
ひと昔前までの自分は、待つタイプだった。周囲の誰かが面白いことに巻き込んでくれるんじゃないかとか、すごいラッキーなイベントが発生するんじゃないかとか、そんな感じの生き方を選択していた。
だが、それでは何も前には進まない。
自分が出来ること分かることに対しては積極的に働き掛けるべきだし、その上で、分からないこと出来ないことだけを、他者の力を利用していけばいい。


おわり。

お金を稼ぐ方法を増やすと楽しい。

複数の稼ぎ口を持つようにしておくと精神がほんの少しだけ安定してくるな、と感じるようになった。

稼ぎ口といってもそんな大それたものではない。ネットオークションで家の遣ってない物を売ったり、本屋などで見つけた高く売れそうな本を出品したりしているだけのことである。
それだけでとても生計を立てられる訳ではないが、会社に完全に頼らざるを得ない状況よりも心にゆとりが持てている。

あとは、ブログから会員費プラスちょっと位のお金が貰えたり、Amazonからたまにギフト券を貰えたり、クラウドソーシングやアイデアを売るサイトで小銭を稼いだりと、なんか多少は手に出来ている。

全然やる気のなかった学生時代のコンビニバイト代くらいにはなっているんじゃないだろうか。


仕事でのストレスを消費活動で発散させて精神を保っていくよりも、仕事する回数をなるべく減らしつつ、休日の暇な時間を利用して小銭を稼ぐライフスタイルのほうが心に優しい。

減っていく一方ていうのは、すごく疲れる。また、それに慣れきってしまう。
人生はそんなもんだみたいな達観した気持ちになりやすい。

働くことは辛いんだとか、お金を稼ぐことは尊いとか大変な行為であるとかの思考に陥りやすい。


もっとこんなことでお金を貰えのかよ、みたいな体験や経験を増やす努力をするといいなと思っている。

そのほうが楽しいし、色々と挑戦したいという欲求を持てる。

凄いスキルを身に付けられるとは思っていないが、ちょっとずつでも出来ることを増やしておくと生きやすい。


おわり。