思考拡張日記。

日々感じたこと、学んだことを文章にしています。

ノンフィクションものの本の有効性。読書のすすめ。

実業家で読書家である成毛眞氏の影響を受け、もっぱら僕はノンフィクションものの本を読むようになった。


それまでは、ファンタジー、サスペンスといったフィクションものしか読まなかった。あえてノンフィクションは避けたいた。
避けていたのにも理由がある。
所詮現実なんて空想の世界に勝てるわけが無い。フィクションの世界の方がぶっ飛んでいて面白い。こう考えていた。
だが、ノンフィクションも読むようになってからはあながちそうでもないなと感じ始めた。
読むうちに、作り話よりも不思議なことが現実で沢山起きてることを知った。リアルの話だから読み終えた後も、過去、他の国ではこんなことがあったのかと驚かされる。
フィクションだと読み終えた後は、面白いけど作り話だしなと、現実に帰って来る感じがある。だが、ノンフィクションであればずっと現実が続く。
んー、なんとも不思議な感じだ。
さて、前置きはこれくらいにし本題に入る。本題の方が短くなるかもしれないが。。
ノンフィクションものの本の有効性について書きたい。

成毛眞氏が
「すぐに役立つものは役立たなくなる。無駄だと思うものこそ役立つ」
と常々言われている。
気象予報士森田正光氏も同様のことを言っている。

「役に立たない」と思う本こそ買え

「役に立たない」と思う本こそ買え

最初この意味がなんとなくのレベルでしか分からなかったが、そう思うことにした。
それまではビジネスが学びには一番と思っていたが、ノンフィクションから学ぶことにした。
学ぶと言うと勉強のために本を読んでいるように思われそうだが、学びもあればいいな程度で本を純粋に楽しみたい気持ちの方が強かった。
ちょうどビジネス書も読み飽きて来た頃だったので、タイミング的にも良かった。
そして、ノンフィクションを読むうちに、読み方が徐々に見えてきた。
最初の段階としては、考えること、感じることが必要てのが分かった。
話に出てくる人物、事の流れから、
ああ、こういう考えが大切なんだな、とか、読み取れるようになった。
なるほど、ビジネス書のように、こうしなさいと直接的な表現は無いものの、物語に見え隠れする教訓などを拾えばいいのだなと思っていた。
しかし、そんな浅いものでないことが分かってきた。
ノンフィクションといえども様々なジャンルがそこでも細分化されるので、一概に言えるわけではないが、読むことでその本の中の世界を疑似体験してるんだと思えてきた。
例えば、昨日読み終えた本『ヤノマミ』

ヤノマミ (新潮文庫)

ヤノマミ (新潮文庫)

これは、テレビ局の人間である国分氏がジャングルでヤノマミ族と150日間同居する話だ。

我々の普段の生活の常識では考えられないようなことが次々と起き、大変驚かされてしまう。

自分の常識の範囲で自分のルールを作り、自分と相手が違う部分を否定したりしてたが、様々な常識があることを本書で学んだ。

ヤノマミ族は普通なら無礼としか取れないことを平気でやったり、非人道的でしかないことを平気でやったりする。

それを見て最初は不快な気持ちを持ったが、自分の物差しで勝手に不機嫌になってバカバカしいと思えてきた。

その時、ああなるほどと腑に落ちた。

ノンフィクションの醍醐味は、自分か経験したかのように錯覚する、疑似体験なのだと分かった。

普段の生活で、何かをし失敗したり、うまくいったりして学ぶ。周囲の人間の行いを見て、あれではダメだなと思ったり、うまくいったのを見て、すごいなと思ったりする。

それと全く同じなのだ。

そう考えると、ノンフィクション本の世界がより身近になった。

ここにノンフィクションものの有効性あるのではと感じる。

ただ、有効性などの言葉を使うと、なんだか安っぽいものになるのも事実ではある。