思考拡張日記。

日々感じたこと、学んだことを文章にしています。

仕事を投げ打って読書を勤しむ。


タイトルは少々オーバー。しかし、ある程度当てはまる。

現在、研修というか見習いの身でありながら、仕事の予習もせず読書をしてしまう。
ついつい、楽な方へと流れているダメな人間である。しかし、読書も決して楽なわけでなく、小難しいちょっとした専門書を手に取っとりすれば、退屈かつ荷が重い瞬間もある。なので、ある意味より頑張ろうとしてるのだ。仕事だけをするのでなく。まあ、これは言い訳であるが。。。

だが、こうやって読書ばかりしているのには理由もある。
それは、仕事のみを学んでいたところで、視野の狭いツマラナイ人間になってしまうと考えられるからだ。より、多くの情報を取り入れ、また、多面的に物事を考察する思考力を高めておくことで、あらゆる場において使える人間になってしまうとなると考えるからだ。
しかし、これは、発想力や企画力を求められる職務の場合であろう。自分の場合は、職人的な仕事であるため、いかに早く自分のルーチンワークを覚えこむかが大切である。ならば、さっさと手順を頭と身体に叩き込み、楽をするべきだ。それを分かっていながらに、資料をあまり読まず、それよりも本を開いてしまう。ああ、なんとも意思の弱い人間なのだろうか。
このままでは、同期においてかれるのではといった不安が少しもない訳ではない。だが、まだ大丈夫であろうと、自分の興味のそそる方へと足を向けてしまうのだ。

さて、最近、文を書くことに抵抗が無くなったと言うか、長文をツラツラと書けるようになってきた。これまでは、短文しか書けず、また、長文を書こうと挑むと言葉に詰まり、同じような話をグルグル回った挙句、尻すぼみな文章となることが多々あった。
しかし、今では、それとなく、辻褄のあったエッセイ風な記事を書き落とせる。
これは成長なのであろう。ここまま、本を一冊書ける位の体力、知力が手に入ればいいのにと思う。そうすれば、また新たな人生の幕開けとなり、なんだか楽しく過ごせそうなのに。
なぜ成長出来たかをかんがえてみると、ほぼ毎日のように文章を書き、読書も欠かさずしているからだろう。これを人は努力と呼ぶのだろうが、自分としてはこの上なく楽しい時間であるため、全く苦痛は無い。

これがもし、さっぱり本に興味が無いにも関わらず、芸人の又吉さんが本を出版して受賞した事に感化され、「ようし、作家になって稼ぐぞ」と意気込んでいるのみならきっと苦痛でしかたがないだろう。

作家になるには、本を沢山読まねばと、自分に読書義務を与え、また、日記や物語を書く習慣を与え、継続しようとしたところで、ああ、馬鹿らしい、と途中で放り投げてしまうだろう。

やはり、何事も、好きこそ物の上手なれなのか。好きだから継続できるということか。

しかし、継続したから好きになりましたという話もある。自分自信もそういったものは人生においてあっただろう。ただ、そこまで意識してないからよく覚えてはいないが。
だが、仕事においては大体皆そういった感じだろう。
別に興味は全く無かったが、他に働く当ても無く、ここで踏ん張って勤めるしかないかと、精を出してみれば、徐々に好きになり、そつ無くこなせる様になってくるのであろう。

さて、随分と長々と語ってしまった。元を正せば、自分は仕事を若干そっちのけにしてまでも、本を読みたがっている、どうしようとない奴という話題であった。
まあ、別にそれを特に気にしている訳でもなく、ある程度切羽詰まってくれば、きちんと仕事に取り組もうと思う。