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思考拡張日記。

読者と料理とネットが趣味です。

日記、ブログを書くことは頭と身体に良い。文章を日々書いて良かったと思う三つの理由。

 

日頃、何かしら文字を書くという事は、そんなに無いと思う。

 

仕事上での事なら多々あるかもしれないが、自分の好きにというか、好みで書いていくという事となると改めてそういった機会を設けない限りないだろう。

 

「書く」という行為は、まず面倒である。

Twitterのように手短に何かその瞬間感じたことを独り言のように残すだけならば手軽であり、一定層の人はしているかもしれないが、まとまった分量の文字を書いていくということとなると、していないと思う。

無から有を産みだすという作業は非常に地味であり、かつ、辛抱を要する。

また、そんなことをしなくともいいではないかと、他に刺激的なことが多々あるため、途中で投げてしまいがちだ。

 

自分も例によって、書くことの煩わしさをヒシヒシと感じていた。

そもそも、何も書かなくてもいいわけであり、書いたところで何になろうかと思っていた。

だが、元々作家になりたいなどと、夢を幼少期より抱えていたわけで、それならば何もしないよりは、多少なりとも、文章を書く訓練になるであろうとブログを書きだした。

 

書き出し当初はなかなか、骨の折れる作業であった。まず、何を書けば良いのかと、主題が見つからない。何か面白かった本の一文でも紹介しようかと、本棚から手に取るも、その引用を貼り付け終われば、その他に記述したいことが何も出てこなかったりする。

だが、引用文のみを貼り付けただけでは、記事とならないため、それに対する、自分の考えや、思うとろこをチマチマとつづるも、すぐに手が止まり、「はて、そんなにこれについて言及したかった訳でもないな」と突如冷めてしまったりもした。

 

しかし、下手なりにも、どうにかこうにか、一年ほどはブログを続けてきた。

それで何が得られたかというと、誰かにその成果について賞賛されることは無いが、自分の中では大いに効果があったなと感じている次第だ。

 

どのような効用があり、何かしらブログやらを書いてきてよかったと思ったかについて書いていきたいと思う。

 

■日記、ブログを書いて良かった理由。

 

1.頭の回転が早くなった。

仕事でもなんでも、説明を受けても、それを理解するのに時間を要したり、また、その言葉の意味するところの要点を掴むのに一苦労していた。

だが、書き始めたことにより、理解度があがった。

これは読書と同様の効果なのであろう。書くことはある意味読むことでもある。自分の文章を読んで、それが相手に伝わるかどうか、どう受け取られるかなども、考えながら書いていく。そうすると、書き進める中で、常に、文章の整合性や言葉遣いについて頭を働かせることとなる。

この習慣が自分の脳に良い刺激を与えた気がする。

 

2.自分の意見を持てるようになった。

ブログとは自分のメディアである。

何かしらの情報を用意し、そこで自分なりの解釈の元、発信していかねばならない。

どのようなブログであれ、他人の記事をまとめただけのサイトでなく、自分の言葉で書くことが必要とされる。

そうなってくると、自分の意見をもっていなければならなくなる。

僕は、自分の意見がなく、話し合いの場でも、黙りを決め込むタイプの人間であった。

何か聞かれようにも、何も言えず悲しい思いをした。

だが、ブログを始めてから、自分の意見をある程度素早く言えるようになり、自分の軸みたいなものも確立されつつある。

これからの時代は、皆と同じでなく、各個人の独自性が問われると藤原和博氏が『本を読む人だけが手にするもの』の中で述べていた。

 

本を読む人だけが手にするもの

本を読む人だけが手にするもの

 

 自分の言葉を持つためにも、ブログ執筆は良い訓練となる。

 

3.読書習慣が身についた。

元来より、読書好きではあったが、その程度はたいしたものでなく、年に五冊読むか読まないかという、とても少ないものであった。読むにしても、もっぱら漫画ばかり読んでいた。

だが、ブログを書きだしたことにより、読書習慣も身についた。

なぜならば、ブログを書くに当たり、本を読まないとネタが直ぐに尽きるからだ。

本を読んでおけば、様々な知識を効率的に頭にいれることが出来る。

別にブログの為に本を読み続けていた訳では無いが、読書を習慣としたい人たちにとっては、ブログを素晴らしいサポートシステムとなると考えられる。

 

4.時間の有り難みが分かるようになった。

文章を書くときは割りと、集中しているため、周囲の自分を惑わすノイズ的なものが煩わしく感じる。僕の場合は静かに部屋で、テレビもつけずに、ただ黙ってパソコンに向い、キーボードを叩いている。

そうやって書いていると、時間の流れを意識するようになってきた。

書いている内に、もうこんな時間が経ってしまったのかと驚いたり、他に何かしらしなければならない用があれば、それの障害とならぬように、急いで書こうとしたりする。

また、途中で何を書こうかと言葉が詰まり、悩んでいる間にも、時間が勿体無いと感じたりと、常に「時」を意識するようになってきた。

今では一分一秒を大切に生活している。

人生には捨ててもいい時間なんて無く、なるべく最大限に活用しなければ非常に勿体無い。時の有り難みに気づける事は自分の人生を大事に生きることにも繋がってくる。

 

 

と、このように4つ理由を挙げてきた。

 

僕はブログをどうにか書いてきて良かったと思っている。

是非とも、何か日々の生活の中に、書くという行為を何かしらの形で取り込んで欲しいと考える。