読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

思考拡張日記。

読者と料理とネットが趣味です。

昼ゴハンを誰かと取ろうか悩んでみた時の話。

エッセイ 文章 生活 私の考え

一人の休日は昼ごはんの準備が面倒である。

 

冷蔵庫に何かしら食材が揃っていればそれでこしらえるのだが、わざわざ、何も無いと、別に食べなくてもいいかとなる。

同居人がいるときは、どこかに食べに行こうかとなるが。

 

そんな時、食事だけをさっと出来る知り合いがいればいいのにと思う。

食べるだけ食べたら、じゃあ、それじゃあまた。とすぐに別れ、それぞれの休日を過ごす。そんな友達がいたらいいのにと考える。

だが、実際はそうも都合よくはいかない。

わざわざ、こちらから呼び出したりした場合などでは、そんな自己本位な行動を取れるわけもない。

別に何かしら特別用事がないと、当たり障りない世間話をして、過去の話をしたり、近況報告をしたりと、そういった儀式的なことを一通りすることとなる。

そうやって時間を潰して、そろそろ解散でもいいかなという頃合いを見計らって、それでは、また今度という感じで終わりを迎える。

そうのこうのして、家に着けば、だいたい日が落ち、夜が忍び寄ってきている。

ああ、そろそろ夕飯の準備か。と、さっきまで昼ごはんを誰かと食べたいと思っていたはずが、もう夜の食事のことを考える必要が出てきているのだ。

 

おかしい。まるで1日がこれでは食に支配されているようだ。

だが、実際支配さているといってもいいだろう。

と、このように、不用意に誰かと食事を取ろうと考えようものなら、1日がすぐに終わってしまう。

それは嫌だなー、と思い、いつも誰とも会わず、もくもくと一人の休日を満喫している。

別にわざわざ誰かと会う必要はない。どうせ明日仕事に行けば、嫌でも人間にいっぱい会うのだ。

こうも淡白というか冷め切った嫌な人間になってしまっていいものだろうかとたまに考えてしまう。

しかし、わざわざ、自分が望んでもない必要以上の付き合いをして、しがらみを増やし、ストレスを抱えるようでは本末転倒である。休日は休日らしく、自分の心の赴くままに過ごすのが一番ベストである。

 

よって、今日の昼は一人、豆腐に麺つゆを掛け、それを電子レンジで温めた物を食べたのみであった。

 

お昼ごはん、何にする?

お昼ごはん、何にする?