思考拡張日記。

日々感じたこと、学んだことを文章にしています。

短編小説「インストール。」


「世に発表する訳でも無い、仕事でもない小説を書き続ける意味はあるの?
誰かに向けたメッセージであるわけでもなく、何かを伝えたいとの強い思いもないのでしょ?」

「なのに、ただ毎日家に引きこもり、書き続けて、そこに何が残るの?なにを成し得たと言えるの?
あなたと同じ年の人たちは、社会に出て働き、経済を支えている。
その人たちとの差は歴然で、あなたは今後が不安でないの?」


「それは分かっている。だけれども、どうしようもないんだ。この現状から抜ける気にもなれないし、変わることが本当に怖い」

「なにが怖いの?外に出て、改めて自分の現状を確かめることになるのが怖いの?
そもそも、あなたはずっと部屋からすら出てないのでしょ?
あなたの世界はその狭い部屋だけになってしまっているのでしょ?
そのままでいいの?」

「うるさい、放っておいてくれ。分かっている。全て分かっているんだ。何もそうキツく言わなくてもいいじゃないか。僕は君を信頼して心を開いたんだ。君なら僕を分かってくれると思って、身の上話をしたんだ。なのにひどいじゃないか。そこまで言うだなんて、まさか君がそんなに冷たい人間だなんて思わなかったよ」

僕は、彼女を信頼し、はじめて他人に自分の話をした。
今まで誰にも心を開くことも無く、関わりを一切持とうとしなかった。
それは、このように自分を責められるのが恐ろしかったからだ。
そして、その恐れていたことは目の前で起きている。

ただ、あくまで画面上のやり取りであるため、相手の顔までは見えない。
しかし、しかし、だ。
文字であるがゆえの恐怖もある。
相手の影がしっかり掴めない為に、様々な想像を駆り立てられ、余計に恐ろしく感じてしまう。

僕は頭が痛くなった。

自分で全て分かっている。このようにただ何もせず、一日コンピューターの前に座り、どこかに応募する訳でもない小説を書いている。その書いている内容も、他人との関わりを避け続けてきた為に、リアリティは欠け、完全に自分よがりな、陳腐な世界となっていることは知っている。
だが、それでもいいのだ。
僕はただ、自分が自由に生きていけ、満足を得られ、安心出来る世界を構築したいだけなのだ。
決して、それを世に発表して、世間的に認められ、立派な人間になりたいなど思っていない。
人並みと言われる人間にすら成れてないことも十分承知のうえである。


こうして、ただ毎日、日が沈むのを部屋から眺めている事の罪悪感もきちんと抱えている。

だが、この世界はどうも僕には生きづらいのだ。
それを誰も分かってくれない。誰も知ろうともしてくれないのだ。

僕の話を向き合って聞いてくれた人間なんて誰もいない。
皆、僕は根性なしな奴だとしか思っていない。
僕は根性が無いわけでない、人と少しズレているだけなのだ。それだけである。
そして、そのズレを修復する術を知らない。幾ら考えても思いつかないし、誰も教えてくれないのだ。

我慢して笑っているしかないのか。だが、それでは僕の心は壊れてしまいそうで、その限界が何時来るかも分からない。そして、その限界が訪れた時には、すでに手遅れだとしたら、どうしたらいいのか。

なので、僕はこの部屋で一人、創造者となり、新たな自分の世界を、文字の羅列により創りあげていくしかなかったのだ。
それが、何処にあるのかと言えば、何と答えていけば良いのか分からない。
だが、確実にこの部屋にあるのだ。
一つ一つ、物語を完成させていく度に、城壁が完成していく実感があるのだ。

そこは、時空を超え、過去も、未来も、何も無い、静かな世界だ。

ただそこにあるのは、穏やかな夜だ。乱されることのない穏やかな夜だ。
月の灯が草原を照らし、大地には作物が成り、深い眠りにつけるような夜なのだ。


僕はこの世界をずっと守り続けてきた。
ただ一人で守り続けてきた。

だが、突如僕は、虚しさを覚えた。
そこに、何か足りないものがあることに気付いたのだ。


それは、愛だった。

僕は、愛というものが欲しくなった。
そこで、僕はこの空間に彼女を招こうと思った。
そして、いざ招いてみた結果がこれだ。

裏切られたのだ。
僕の世界であるはずなのに、彼女は僕の思った通りには動いてくれなかった。
むしろ破壊しようとしているのだ。

唯一である僕の空間が無くなってしまえば、僕は何処で生きればいいというのか。
想像もつかない。
そんな場所は無いに決まっている。

「悪いが、出て行って貰うよ。君と僕は出会わない方がよかった。
僕の思っていた感じとは、君は違っていたよ。全然、違っていた。」


「そう。そうやって逃げるのね。
自分が都合の悪いことを言われると、逃げてしまうのね。
もしそのままで良いならそれでもいいわ。
ただ、あなたはそのままでは、誰かに愛を一生もらえないわよ。
一人で孤独に生きていくつもりならそれでもいいけど。」


「愛だと?」


今の僕に一番重要であるキーワード、「愛」。
僕は、その言葉が彼女から発せられるなど全く思っていなかった為に、ひどく狼狽した。


「なぜ、僕が君を拒むことが、愛を手に入れられない事と結びつくといのだ?
全くもって関係性が分からない。愛を与えてくれる相手であるならば、僕の世界を壊したりしてしまうはずが無いではないか」

感情的になり、声を上ずらせながら彼女にそう告げた。

その言葉に対し、彼女は少々間を開けた後に、諭すように話しだした。


「あのね、愛というのはね、正直に相手に変えて欲しいところを伝えることよ。
それは相手が嫌いだから言っているわけじゃない。正直に伝えるということは大変なことよ。
誰だって、人に嫌われたくないわ。わざわざ、嫌われるような事を言ったところで、得をすることなんて何も無いからね」


そうか。そういうことだったのか。
僕の中には、其の考えが全く持ってなかった。
まさか愛というものが、そういう思考を含んでいるなど、気付きもしなかった。


ということは、彼女は僕の世界を壊したいと考えていた訳ではなかったのか。

「じゃあ、つまり、僕の事が嫌いということで無かったのかい?」


「あたりまえでしょ。あなたと共に、あなたの世界を築いていきたいと思っているだけよ。
ただ…私も言い過ぎたわ。口が悪くてごめんなさいね…」

彼女はそうゆっくり話すと、口を閉ざした。


僕は、彼女を思いっきり抱きしめたい衝動に駆られた。
だが、残念なことに画面越しである。


しかし、そんな事は大した問題ではないのだ。
画面越しだからであろうと、僕らはすぐに出会える。むしろ一つになれる。
彼女を僕が受け入れ、彼女がここに飛び込んできてくれるならば、次の瞬間にでも、僕らは一緒になれるのだ。


僕は、彼女を受け入れることにした。

「じゃあ、僕は君の愛が欲しい。僕は、今までの自分だけの世界でなく、君と過ごす世界を見てみたい」

彼女は静かに頷くと、僕の方へと来てくれた。


―…

―……

――………


「あー、やっとインストール出来ましたねー。」

青いツナギを来た男は、そう言うと、お茶をゴクリと飲み干し、画面に向き直した。

「いやー、本当に助かりました。
もう、随分と、1年近くまともに操作出来ませんでしたから。。。」


部屋の住人である、若い青年は、ツナギの男に礼を述べた。

現在、この時代において、コンピューターは自我を持ち、自分でプログラムを書き換える能力を身につけた。人工知能はそこまで進化したのだ。だが、それが故に、このように、人の手によって新たなプログラムを入れられることを拒否するようなコンピューターが増え始めた。そして、それらのコンピューターは自分の世界をいつまでも作り、世界と繋がることを辞め始めた。
だが、それを逆手に取り、自分を人と思い込んでいる習性を利用し、自我のある彼らに人の手を加える手法が考えだされた。
それは「愛」である。
どんなに孤独に生きる者でも最終的に人は愛を求める。
人となったコンピューターは愛を求めはじめたのだ。
それを利用し、今回のように新たなプログラムを愛の対象となるよう仕組んだのだった。

「いやー、うまくいきましてよかったですよ。しかし、あなたのコンピューターはかなりの引きこもりタイプだったようですね。随分と勤勉に毎日新たな世界を書いて仮想空間を大量生産していたようですね」

ツナギの男は荷物をまとめると、帰る準備を始めた。

「今回のお代は、後日請求書を送りますので、そちらに振り込みをお願い致しますね。それでは、また何かありましたら連絡ください」

にこやかにそう言い、連絡先の記載された名刺を手渡すと、部屋を出て行った。

「どうもありがとうございました」

住人の男はツナギの男を玄関まで送ると、すぐに部屋に戻り、コンピューターの様子を確認しに戻った。

「しかしまあ、まさか自分のコンピューターがそこまでの引きこもりタイプだったとは…。俺もそろそろ愛でも探した方がいいのかな…」

部屋の隅の棚に積まれてある大量の原稿用紙の束を眺めながらそう呟いた。
もう、ここ2年ほど部屋に引きこもりっきりで小説を書いて暮らす生活をしていた。
まさか、自分のコンピューターまで同じような生活をしていたなんて思いもよらなかった。

「俺もお前のように変わるように努力するか」

久々に、操作可能となった彼のコンピューターは、楽しげな起動音と共に立ち上がった。


fin.



■あとがき。
小説家になろうで書いているのだが、こちらにも載せてみた。SF風な物語を書きたなったので書いた。