読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

思考拡張日記。

読者と料理とネットが趣味です。

大勢の人間と一緒にいると吐き気がしてくる。

日記 文章 悪態 生活

最近、たくさんの人に囲まれて過ごしていると吐き気や頭痛がする気がする。全く知らない人間であれば、別に何とも無いのだが、顔見知りや、職場の人たちといった、ある程度のレベルで関わりを持つ必要がある人たちと過ごすのが苦痛でしかた無い。

嫌いだとか、そういうことでなく、無意識のうちに多少は気を遣わないといけない環境がきついのだ。


一緒に誰かといる時間は1時間半から二時間が限界。

よっぽど好きな相手であったり、話が尽きぬほどに面白い相手であれば、いくらでも一緒にいれる。だが、別に共に行動をしてもしなくても、人生に支障は無いレベルの付き合いの相手であれば、本当に苦痛度がやばい。頭が痛くなるし、本当に心底だるくなる。
以前は、嫌な雰囲気を作るのは悪いなと思い、どうにかテンションを保っていたのだが、もう無理だ。嫌なものは嫌だと、素直に表に出してしまう。



周囲を気にせず、帰っていい。

周りが帰って無いから、帰れない。てことは多々ある。
空気を読んで、和を保つためにも、先に帰るのは気がひける。
だが、無理だと思ったら、帰ったほうがいい。頑張っていたところで何も得をしない。
早く帰って、好きに過ごしたほうがよっぽど有意義だ。



1日の会話量は定まっている。

1日のうちに人が喋れる量ってのは、それぞれ決まっている気がする。もう話疲れたと思った時や、何も話す気になれないて時は、その限界を超えた時だ。なので、無理して口を開く必要は無いと思う。仕事においては、必要最低限の発言は求められるが、プライベートにおいたは、無駄に口を開かなくてもいいと思う。
無理して喋ったところで、思ってもみないことを口走ったり、余計なことを言って誰かを不愉快にさせてしまう恐れがある。


話すより、書くほうが好き。

僕は、話すより、文章に書くほうが好きだ。
話の構成をじっくり考えられるし、相手が伝えたかったことに対して、色々と思考を巡らすことができる。また、何より、あまりエネルギーを消費しなくて済む。
今の若者は、一緒に居てもメールやラインで会話をしているという話を聞く。それは、全然変な話でなく、うまくコミュニケーションを多様化させ、ウェブツールを使いこなしていると感じる。口で伝えることに疲れた時に、文章で伝えることで、円滑なコミュニケーションを図ろうとしているのだ。無理矢理、話して、イライラしてしまうより、文字にするほうが、感情を安定させることができる。ただ、伝え方を使い分けているだけなのだ。



おしまい。

あまり一緒に居たいと思わない人々と長く過ごすことは苦痛以外の何物でもない。
僕は、その苦痛を誤魔化さずに、自分の生きたい様に生きたい。