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思考拡張日記。

日々感じたこと、学んだことを文章にしています。

ネット上で「相談」することについて。


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ネットにはヤフー知恵袋などの相談サイトがある。今後の自分の人生どう生きたらええんやと悩んで投稿してみたり、恋愛で苦しんでいるのだが誰か助けてくれと救いを求めてみたり様々である。

その自分の悩み事に対し、様々なコメントが寄せられるだろう。
長々とありがたい言葉で教えてくれる、長文失礼致しました先輩や辛辣なコメントを吐くネット番長やら何やらかんやら。
その中から自分の欲しかった答えがもしかすると見つかるかもしれない。
そうなんだよ!そうなんだよ!分かってくれるのか!と感涙することもあるかもしれない。

だが、だいたいは、んー、そうじゃないんだよ!何故分かってもらえないのかと、腑に落ちぬまま終わることだろう。

そして、皆さま様々なご意見ありがとうございます。やっぱり、○○してみます!と、これまでにネット住民たちから頂戴したメッセージを全て流し、元々自分がしたかった行動へと戻る。
そう、答えは自分の中にあるのだ!
何だよこれだけ真剣に心配して、そんな男やめとけと言ったのに別れないのかよ!とか、全然落ち込んでねーじゃないかよ!最初の悩み具合は嘘だったのかよというほどアッケラカンとしてりする。

そう、他人の意見なんて最初から求めてなかったのだ!真実は常に一つであり、それは自分の中にしかないのだ。


人は1人、1人、違う生き物。

同じ人間同士だといっても、人は1人、1人まるで異なる生物である。
考え方も感じ方も何もかも違う。
全てを分かり合えることなど、まずありえない。分かったフリをすることは幾らでも出来るが、真の意味での同調は無い。

相談の場において求めているのは、ただ、自分がどういう人間であり、何を考え、何を思っているかを述べたいだけである。
答えなんて求めていないし、自分が常に正しいということに確証が欲しいだけなのだ。

気の利いたアドバイスをと頑張る必要は無い。
そうなんですか、それは大変ですね、なるほどね、三つのワードだけでよい。
それさえ言っておけば、相手は納得して自己解決してくれるはずだ。



「相談」することのメリット。

ただ、ネット上で、相談することについて意味が全く無いこともない。
ネットはいまだ匿名性が高いお陰で、どこの誰か知らない人たちからアドバイスがもらえる。
名前のない人々から受けた言葉は、まるで、世間全般から言い渡される言葉ような気がしてくる。そのため、とりあえず自分を元気付けたいときには、肯定コメントだけを眺めていれば、心も安らぐだろう。
また、こんなにも色々な考え方の人々がいるのねと、人間観察的な意味合いで、釣りの相談をしてみるのも楽しいかもしれない。
(釣りの相談とは、根も葉も無いデタラメの物語を書いて、皆に真剣なコメントをもらうこと)

ただ、匿名性であるがために、ボロカスに言われることも必至。それを流せる心のゆとりを持っておかねばキツイかもしれない。
まあ、色んな人がいるんだねと、遠くから見る余裕を持とう。


おしまい。