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思考拡張日記。

読者と料理とネットが趣味です。

インターネット上における凶暴性。

エッセイ インターネット

以前はインターネット上は、悪態つきまくりの性悪男でいいや、と暴言を書くことが多かった。

 

リアルであまりにも凶暴なことを言っていると嫌われるし、ヤバイ奴と思われるし、品性に欠ける。なので、ネットなら犯罪予告以外は何書いてもいいんじゃないかなと思っていた。

 

だけど、なんかそういう怒りとか、憎しみ、妬み、みたいな負の感情ての年々薄れてきた。悟りを開きつつあるのかな。

 

基本的に全てがどうでもいいし、なるようになればいいと思っている。

何のこだわりもなくなったし、いかにストレス無く、楽にボーっとして生きられるだろかって感じのことばかり考えている。

 

そんな風になってくると、誰かを攻撃したいとか、あいつがムカついてしょうがないとかの気持ちが無くなった。

 

なんとなくあの人イヤだなーとか、好きじゃないとか、それくらいの気持ちを持つことはあるが。

 

ムカついたり、嫌な気分になるポイントって基本的に自分が気にしているところであることが多い。

 

例えば、自分はオタクであることとかが、すごい嫌だった。

漫画、ゲームが好きで、ライトノベルも割りと好きだった中学時代。

その時は楽しかったし、あまりオタク批判的な風潮も無かったのだが、高校になったくらいから、結構オタク批判的な感じが学校内で強まってきた。

 

で、オタクってなんか気持ち悪いなとか、世間で嫌われているんだなみたいな認識が出来て、それ以来、オタク系の趣味の話題とかしなくなったし、なんかそういう商品を見ると嫌悪感を抱くようになった。

 

ネットとかでも、オタクっぽい人を見かけると、うわー気持ち悪いなとか思ってたりした。

 

だが、今度は大学時代くらいから、オタク批判的な流れも少なくなってきて、むしろ、ちょっとオタク趣味があるほうが面白いみたいな世間の流れが出来ていた。

 

バイト先のオタクの高校生の子とかに、オタクは迫害されるとかそういう雰囲気無いのとか、訊ねると、「何それ?そんなことあるの」みたいな感じだった。

 

なんかそういう事を知ると、次第にオタクに対しての気持ち悪いって気持ちもだいぶ薄れた。

 

結局のところ、自分がかつてオタクであったという事実と、オタクは気持ち悪いモノという世間の風潮のせいで、過敏にオタクを批判したくなっていたのだと思う。

 

批判することで、自分はあいつらとは違うって思いたかったのだろう。

 

凶暴性のうらには、自己嫌悪であったり、嫉妬だったり、本当に色々潜んでいる。

 

そういったものを多く抱えていると、すごく疲れるし、イライラすることが多く、感情の起伏も激しくなる。

 

そういうのを少しずつ捨てていくと、生きやすくなる。