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思考拡張日記。

読者と料理とネットが趣味です。

悪い人間はいない。生き方の方向性が違うだけ。

性善説を信じて生きている。

根っこから悪い人間はいない。

ぼくは性善説をもとに生きている。

そもそも性善説とはなにか?

性善説(せいぜんせつ)とは、人間の本性は基本的に善であるとする倫理学・道徳学説、特に儒教主流派の中心概念。

人間は産まれながらにして、善であるという考え方だ。 以前はロクでもない奴が多すぎると考え、好き嫌いが激しく、相手に噛み付くことが多々あった。

悪い感情は一時的なもの。

なぜ、好き嫌いが激しかったのに、今では無くなったかといえば、人間の悪い感情は一時的なものであると考えるようになったからだ。 心は、環境やストレスや疲労度合いに左右されやすく、ちょっとしたことでカッとなったり、不愉快な気持ちになったりするもの。 その仕組みを頭に入れておくことで、虫の居所が悪かったのだろうかなとか、少々感情的になっているだけなのだろうなとか、思うようになった。

憎しみからは憎しみしか生まれない。

誰かを苦手だとか、あまり関わりたくないな、と思うことはよくある。 そう感じた相手とは、距離を取るようにしているし、挨拶を交わす程度で済ますようにしている。 無理に話したり関わったりしたところで、何かしら衝突が起こる可能性は高い。ぶつかる回数が多くなればなるほどに、相手を憎んでいくことになる。なので挨拶だけで済ますことが最善だと考える。憎しみの連鎖をむげに増やす必要はない。

感情に流されない。

なるべく心をニュートラルに保つことが大切かなと感じている。 性善説を信じているとはいえ、どうしてこの人はここまで荒んだ人間なのだろうかと疑問を抱かざるを得ない人物は間違いなくいる。きっとあなたの周囲にもいるはずだ。 だが、そんな人物と出会った時も決して、ケンカ腰になったり、悪態をついてはいけない。 感情に流されることなく、受け流して、とにかく距離を取ることが大切だ。 距離を取ること=逃げ、みたいな連想をもつ人がいるかもしれない。だが、決して逃げというわけではない。どちらかと言えば、互いのいるべき場所にいるという、自分のフィールドを守る感覚に近い。棲み分けることで、うまく世の中は回っていく。それぞれ違う土壌で育ってきたわけなので、信じるものや、思考プロセスが全く異なる人がいるのは当然のこと。むやみな衝突は避けよう。

隠れた発達障害者が多いことも考えておこう。

世の中には発達障害を抱えていながらも、適切な医師の診断を受けていないために発覚していない人も多い。そもそも全く気付いていない場合が大半なのではないだろうか。

発達障害にはアスペルガーやADHDなどの症状がある。

ADHDには「多動性」「不注意」「衝動性」の3つの症状があり、原因はまだ明確にはなっていないですが、脳の前側にある前葉前野付近の働きの障害が関係していると考えられています。

アスペルガー症候群には「コミュニケーションの問題」「対人関係の障害」「限定された物事への興味やこだわり」の3つの症状があり、自閉症と同じ自閉スペクトラム障害(ASD)の一種とされています。脳の前頭葉の下前頭回などの社会的な活動をするための脳の部位に機能異常があるといわれています。

そのことを理解しているだけでも、少し変わってくると思う。