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思考拡張日記。

読者と料理とネットが趣味です。

僕の世界を広げた、ガラケー。

インターネット 生活

特別お題「おもいでのケータイ」

思い出のケータイは、高校三年生の終わりの頃に買ってもらったドコモのガラケー(FOMA f702id)だろうか。


それまではパケット制限契約をしていて、着うたを数曲ダウンロードしただけで、その月の使用上限額を使い終わってしまっていた。新しい月が始まって1日目にして、使用不可になったこともある。
また、自宅にはネットに繋がったパソコンも無かったので、完全にオフラインの生活をしていた。
よってネットの話とか何も分からなかったし、学校の人間としか繋がりを持っていなかった。


【目次】

勉強はしていなかった

そんな感じの生活を送っていたわりには、勉強に励めていたかといえば、全くそんなことはなかった。どちらかといえば、落ちこぼれていた。漫画ばかり読んでいたし、なんか下手くそなイラストを描く練習したり、小説もどきばかりを書いて生きていた。
地元ではそこそこ有名な進学校に通っていて、周りの人間は医学部にどんどん受かる位に優秀だったのだけれども、自分は浪人した上に、二流の冴えない大学へ入った。

浪人時はモバゲーばかりしていた

浪人中は勉強そっちのけでネットの世界に入り浸っていた。
今思い返せば、1番勉強に集中する必要のある時期に、そんな刺激的なオモチャを持ってしまったことは失敗だったと思う。
ネットを通じて知らない人間とメールのやり取りをしたり、当時流行っていたモバゲータウンのSNS内で交流することが楽しくて仕方がなかった。何が面白いのか今思えば分からないモバゲーのブラウザゲーばかりやっていた。どうにか順位トップの中に食い込めないかばかり考えていた。そんな暇があれば、勉強をして模試のトップ順位を目指せよとしか思えない。

ネットで初めて女性と話した

僕が通っていた学校はほぼ男子校みたいな所だったので、女性とのマトモな会話なんてのも、ネットを介してが初めてだった。
それまでは女性なんてのは全く違う生き物としか考えておらず、同性と接する時とは異なる対応をしなければならないと思っていたがそんな事は無かった。
普通に好きな音楽の話をしたり映画や漫画やゲームの話が出来た。
男も女も、そもそも性の区分の前に、人間という同じ生命体なのだから、大きな違いがある訳がない。

東京へ行く決意をした

ネットで色んな人たちと会話をして楽しんでいくうちに、大体のひとが東京近辺に住んでいるということが分かった。
自分は地方在住だったので、ネットの知り合いたちと遊ぶには、どうにかして東京に行かねばと思い、都内の大学を目指すことにした。

だが、浪人中も予備校の友達とラーメンを食べにフラフラしたり、ゲーセンで遊んだり、マックなどのファーストフード店でダラダラしていたので、またしても勉強をしていない。
家に帰ってもケータイで遊んでばかりで、カバンを一度も開くことなく、翌日の授業を迎える。

これでヤバイと、数科目で受験出来る私立に受験を絞り、ひたすらに英単語帳とか、イディオム集とか、数学の過去問だけを繰り返し解いた。それが良かったのか、受かった大学の試験はほぼ満点で行けた。

実際にネットの知り合いと遊んでみた

そんな感じで東京に出てきて、ネットで知り合っていた人たちと遊んだりしてみた。
どの人とも長期的な付き合いは出来ず、数回で終わった人や、一回きりの人もいた。
だけれども、ネットからリアルへの経験を沢山したお陰で、ネットへの抵抗というか、恐れは少なくなった。
当時はまだまだ、ネットから会うのは危険だとか、恐ろしいみたいな風潮が強く残っていたので、割と早い段階でそんな事は無いというのを感じられた。
まあ、ネットの痛ましい事件とかも度々あるし、ヤバイ時はヤバイのだが、そんなリスクはどんな物にでも付きまとうものなので、仕方がない。

ネットで価値観が広がった

大学に入ってからも、ネットを使ってオフ会に参加したり、バンドを組んだり、ニートの知り合いたちとネトゲを徹夜で楽しんで遊んでいたり、ネットラジオ放送をやってみたりした。

その経験は、貴重なものだったなと思っている。世の中には色んな人間がいて、今の自分の周囲の環境だけでは知ることの出来ない世界が広がっているのだなと実感した。

これからも、ネットで生きる

全てのきっかけは、高校卒業時に入手したドコモのガラケーである。

今もこうやってブログを書いたりtwitterを頻繁に使ったりなど、ネットに生きている。

僕は今年でもう30歳だ。


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