就職相談所の思い出。の前の話。
僕は新卒で入社した会社をわずか三か月ほどで退職した。
しかもその退職の申し出をしたタイミングというのが何とも絶妙なもので、かなり変に印象付けたのではないかと思っている。
どの様な時に切り出したかといえば、社員旅行を終え、帰国後の次の日出社後だ。
入社してすぐに社員旅行で韓国に連れていってくれるという優良企業であったにも関わらずトンズラした。
小さな会社であったので社長とも頻繁に顔を合わせることが多く、その時も「旅行はどうだったか?楽しかった?」などと笑顔で話しかけられ、それに対して、「はい、楽しめました」と答え、次の瞬間には「今月で辞めさせて下さい」と唐突の申し出をそこで引き渡した。
一瞬、何を言っているのか理解できないような困惑の表情を社長は浮かべていたが、すぐに渋い顔に変わり「上司には相談したのか」と尋ねられた。
僕は相談もなにも、旅行が終われば直ぐに辞めてやろうと腹のなかで勝手に決めていた為、相談なんてするつもりが毛頭もなかった。
「いえ、していません。まずは直ぐに社長に伝えようとした思っていませんでした」などと、常識的ではない事を口走った。
今思い返せば、まずは上司に伝え、それから社長に伝えてもらうと言うプロセスを踏むべきだったのだろう。
しかし、上司が嫌で嫌で仕方がなかったので、無理矢理引き止められでもしたら、辞める機会を見失うことになると思い、直で言えば、上司も留める暇がないだろうという目論見であった。
そして、自分の思惑通りに、すんなりと辞めることが出来、その三日後には、寮から引き払い、地元へと戻ることが出来た。
その時の引越しはまるで夜逃げさながらで、深夜、親父に車で来てもらい、冷蔵庫やら洗濯機などすべての家財を詰め込み、自分の車と親父の車二台で真夜中の東京を走り、千葉から神奈川へと下道を六時間ほど掛けて走り抜いた。
神奈川の家に到着した時はすでに日も昇っており、よくもまあ頑張ってて帰ってきたなと自分を褒めたくなった。
会社を辞めといて自分を賞賛したくなるなど、可笑しな話なのだが、その時は本当にそう思っていた。
その引っ越しには学生だった弟もついてきて、車への荷詰めなどを手伝ってくれ、非常に助かった。
ようやく車から全ての家財を降ろし終わり、無理矢理家に詰め込み、随分と狭くしてしまったが、僕の心はこれまでに味わった事がないほどの快活とした心持ちとなっていた。
仕事を辞めるということがこんなにも気持ちの良いものであったのかと、心底嬉しくなり、明日より、早く起きなくてもいいんだな、いつまでも寝ていても許されるんだなと、笑いが止まらなかった。
退職が趣味になりそうなほど、喜びを味わいながら、床に就き、そのあとはひたすらに惰眠を貪ることとした。