トピック「父の日」について
父の日に何か贈り物をした記憶が無い。
多分、これまでの人生においてしたことが無いのだろう。
父の日というのは、昔は無かったような気がする。
いつの間にか出来ていた。とりあえず、記念日を増やして物を売りたいデパートの戦略だと考えていた。
今日はもうすぐ父の日だからとう訳では無いが、久方ぶりに父と外出をした。
二人だけで出かけたのなんて、一体何年振りだろうか。
たしか6,7年ぶりだと思う。
別段、意味は無くまた何処か行きたいところがあったわけでないのだが、なんとなく何処かへ行かないかと誘った。
これまでにそんなことは一度もしたことがなかったのだが、なんとなく今日は行ったほうがいい気がした。
今現在、自分は彼女と同棲しているために滅多に父と会わない。
これまでは、あくまで親と子の関係から抜け出せないような状態であったのが、今日はそんな感じがしなかった。
大人の知り合いというか、大人同士の関係になれた気がした。
ご飯も奢ってもらったりで、そこは普通に親と子の関係のままだったのだが、なんとなく今日は誘ってみて良かったなと思えた。
あえて、そんな気分になった理由を述べるならば三砂ちづるさんの『不機嫌な夫婦』を読んだからかもしれない。
不機嫌な夫婦 なぜ女たちは「本能」を忘れたのか (朝日新書)
- 作者: 三砂ちづる
- 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
- 発売日: 2012/09/13
- メディア: 新書
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三砂さんといえば、『オニババ化する女たち』という衝撃的なタイトルの新書をかいた方である。
『不機嫌な夫婦』の内容を一言でまとめるならば、スキンシップが不足しているがために、様々な夫婦間のトラブルが発生しているという話である。
お金のこと、不倫のこと、子どもの教育のこと、そういった様々な問題は、その一つ一つのことに原因があるというよりは、元々の夫婦間のスキンシップが不足しているがために発生しているという話だった。
夫婦とは、というか人間とは単純なもので、少々何かしら問題が起きても、うまく関係性を築けていれば、「まあ、仕方ないよね」と流すことが出来る。
しかし、そこに良い関係性が無ければ、相手を責めてしまう。攻撃してしまう。
夫婦間のことで言えば、セックレスは大問題だと書かれていた。
夫婦の間ではしないくせに、不倫相手とはしている。
本来は、夫婦の間で行うべき行為を外部に求めてしまってるが故に、おかしなことになると指摘していた。
まあ、そんなセックレス夫婦の話題はどうでもいいのだが、とにかく良い関係性というか、交流を続けることで、人と人の間に起きる些細な問題は大きくならないということが学べた。
そんな訳で、これまでないがしろにしてきた、父親との関係もちょっとは良くというか良いものにした方がいいかなって思ったのだ。
物を渡すってことも大切なんだろうけれども、こうやってなんかちょっと出掛けるってだけでも色々と良い気がした。
(因みに富士山を見てきた。)