思考拡張日記。

日々感じたこと、学んだことを文章にしています。

ケンカをしても終わりではない。

ぼくは恋人との喧嘩は終焉を意味することだと思っていた。


例えば喧嘩が増える。
嫌な感情のぶつけ合い、いがみ合い。

喧嘩はマイナスにしか2人の関係に作用せず、溝を作っていくものだとばかり。



妻と出会い結婚するまでは、ぼくは喧嘩はすべて避けてきた。

避けてきたというよりも衝突が起きるようになってくると
「これはもうダメだな。考え方や感覚が違うということだ。もう終わりにしてしまおう」

フェードアウトというか自然消滅的に関係を終わらせていた。

はじめて喧嘩と向き合う

そもそも喧嘩になれば、相手と顔を突き合わせて互いの意見や主張を伝え合うことが、とてもしんどくなる。

なにも話したくなくるというか、
「話すことはない。話してもムダでしかない」
と考えてしまいがちだった。

言い合いなんて、誰でも避けたいに決まっている。

妻は逃げない人だ。
話し合わないと意味がないと言う。

付き合った当初などはその意味が分からなかった。

今はだいぶ分かるよなった。
喧嘩と向き合うようになったから。

喧嘩は終わりではない

喧嘩は終わりじゃない。
感情の赴くままに、相手に暴言を吐き捨てたり嫌味を言うだけだと意味はないだろう。
無理に議論しろまでとは言わないが、話していけば少しずつ前に進んでいける。
相手に言葉で伝えていないことは理解してもらえるはずがない。

なにも言わなくても分かってもらえるはず、だなんて考えは捨ててしまってほしい。

喧嘩をして相手への理解は深まる

相手のボーダーラインが分かっていく。

触れて欲しくない話。
許容範囲。
倫理観。
人生哲学。
思想。

その人を構築しているものが見えてくる。
予測だけではたどり着けない。
話してみなければ分からない。


人を理解するためには実際に会話して交流しなければならない。

自分の臆測のみで、その人物を作り上げてはいけない。


喧嘩をしろというわけじゃない。
だけど、喧嘩を悪く考えなくてもいい。
起きてしまったことはしょうがない。
その先をどう作っていくかは、自分の考え方次第。