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思考拡張日記。

読者と料理とネットが趣味です。

子どもより、大人の方が自由だ。


この間、WOWOWでやっていた『ひみつのアッコちゃん』の映画を観た。

小学生のアッコちゃんの大人になった姿が綾瀬はるかだった。綾瀬はるかが中身は小学生の役をやるのは凄く似合ってなくて違和感バリバリだったんだけど、暇だから最後まで観た。

序盤のほうで「おとなは自由に遊べていいなあ。早く大人になりたい」ってアッコちゃんの友だちが言うんだけど「確かにな」と思わざるを得なかった。

大人は大変だ、とか真っ赤な嘘で、嫌なことや辛いことも確かにあるけれども、小中高時代の閉鎖感に比べれば全然マシかなと感じる。

【目次】

居場所は家と学校だけ

子どもの居場所なんて、家と学校しかない。塾とか習い事の教室だとか、他にもあるといえばあるのだが、それらは自分で好きに選べる訳でなくて、親の意思が働いている。だいたいは親に言われた通りに塾に通っているだけとかだろう。
学校は本当に独特な空気だ。子どもにとっては、そこが世界の全てであり、校内で起きたことだけが人生である。自分の通った学校は、私立であり、私立のなかでも特に閉鎖感の強いところだった。教師たちも思想が偏っているというか、全員染まりきっていた。


インターネットが一般家庭に普及してない時代

自分が小学生の頃は、自宅にインターネットがある知り合いなんて居なかった。
電子画面を眺める時は、ゲームをするかテレビを観る時くらいなもんだった。
今のようにネットを介してゲームを協力プレイしたり対戦出来るわけでもなく、1人でもくもくとストーリーを進めるしかない。あとはたまに学校の友だちとするくらいなもんで、知らない人間と交流する機会ってのは皆無に等しい。


辞めることの出来ない生活

通っている学校を辞めるハードルっているのはとにかく高い。これまでに1度も転校したことが無かったから、そう考えてしまうのだろうけれども、学校を辞めることは、自分の属している唯一の世界を失ってしまうようで、とても踏み出せなかった。
中学高校の頃は幾度も学校を辞めたと思いながら、生活していた。
高校の頃は、うまく他人と交流出来なくなっていて、正直勉強どころでは無かった。「教室に入り、自分の机に座る」という行為だけで、精一杯だった。後はとにかく、休み時間を寝て過ごすしかなかった。
かなり扱い辛い存在だったので、イジメられるとかそういうのでは無かったのだが、距離は比較的置かれていた。普通に話せる相手もいたにはいたのだが、そんなことで精神は保てなかった。

大人は自由に移動出来る

仕事はすぐに辞めることは出来ないとか、一度入った会社が今後の人生を決めてしまう、とか言う人もいるけれども、自分はそう思わない。

まず、自分が最初に入った会社はわずか3ヶ月で退職した。しかも、社員旅行から帰って来た翌日に、会社に着くなり「辞めたいんですけど」と直接社長に話した。
僕は大学に進学するまでに二浪していたし、会社も3ヶ月で辞めたから次の職を見つけるのは、絶望的だろう、みたいに周囲の人間から言われたりしたが、割とトントン拍子にことは進んだ。
再就職の時の就活は、自分が興味ある分野や業界でしか仕事を探さなかったのだが、幾つも内定を得られたし、最終的には、そこそこマトモな会社に勤めることが出来た。給料は安い部類に入ると思うけど、休みを自由に取れて、残業が一切ないのと、持ち帰りの仕事とかも一切無いのがいい。
そんなわけで、すぐに辞めてもどうにかなる。よって自由に移動出来ると言える。

有名な就活情報交流サイトをたまに見ていたりしたが、あの手の匿名のネットサイトは参考にならない。マイナス発言ばかりだし、そもそもあまり行動を起こしていない人間ばかりが集っているので当てにならない。ネットの情報が、就活で役立ったことなんてない。全部自分の足で得た情報だけが活きた。

大人は友人も好きに選べる

大人は、付き合っていく人間も好きに選んでいくことが出来る。
子どもならば、学校内での関係があるので、えり好み出来ない。
嫌でも顔を合わせなければならないので、無関係になることは難しい。
しかし大人ならば、会社くらいしか、強制的に属している場所がないので、他の関係性は好きに構築していくことが可能だ。
嫌ならすぐに付き合いをやめればよいし、どんどん流動的に生きていける。

子どもは不自由だけれども、必要な期間

大人は自由で、子どもは不自由というと、子ども時代は良いことがないって感じになってくるが、大切な期間であることに間違いはない。
大人に比べて、何をするにしても、経験が少ないので素直に喜べるし、感動出来る。それはとても素晴らしいことだ。
大人になるにつれ、妬みやひがみ、といった感情が育ってきて、自分をストレートに出すことがはばかられてくる。
また、自分の好きなことや得意なことを発見する時期としても有効だ。子どもの頃ならば、初めてのことだらけだし、出来ないのは当たり前って見てもらえるから、どんなに失敗しても恥ずかしくない。だから、どんどん挑戦していける。
大人になると、どんなに初めてのことでも、「いい歳してこんな事も出来ないだなんて、恥ずかしい」といった感情が湧いてきてしまい、挑戦するモチベーションを妨げてしまう。さらには、「今更、本気になったところで遅い」という逃げ道も作ってしまう。
そんなことを言わずに今すぐに挑戦しなよ、と僕は言いたいのだが、なかなかそうはいかない。無理強いをしたところで、何事も長続きしないのは、明白であるからだ。自発的にやる気が出てくるのを待つしかない。

「今、この瞬間」が、残りの人生で1番若い

ライフネット生命の会長である、出口治明さんの言葉で「今が、残りの人生で1番若いのです」といったものがある。
この言葉がすごく好きで、今が1番若いのだから、今すぐに始めようという気になれる。
もう充分に大人だとしても、残りの人生を思えば、今が1番子どもなのだ。ならば、今始めるのがいいんじゃないだろうか。
まだ準備が出来てないとか、時は来ていない、なんて言い続けていると、どんどん歳を取っていく。そうなれば、更に、「この歳でそんなレベルじゃ恥ずかしい」だなんて、逃げ続けることになる。


大人は自由だ

大人はとにかく自由だ。
子ども時代のほうが今より全然孤独だったし辛かった。今のほうが100倍楽しい。
お金が沢山ないと幸せじゃない、っての間違っている。少ないお金でも楽しんで、健康も保つ手立てはいくらでもある。生き方次第だ。