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思考拡張日記。

読者と料理とネットが趣味です。

過去に拘りし、愚かなる人類へ告ぐ。

エッセイ


毎日は同じ繰り返しのようで、微妙に変化していく。
自分の心も、周囲の心も。
同じ心づもりで同じような日常が用意されているはずだけれども、それは少しずつ変わっていく。

その変化に俊敏に気付けるか、気付けないかの差はある。

気付かぬものはいつまでも過去の事象や関係性にこだわり続ける。
不変の法則を信じ続ける。
変わっていくことを恐れている。受け入れることが出来ない。自分の知らない世界が恐ろしい。自分の知っている世界、常識にこだわり続ける。変わっていこうとする者を排除しようとする。不変の世界に留めようとする。あっちの世界は恐ろしいところだ。あちら側には危険がいっぱいだ、行くのはよしておけと伝えてくる。

完璧なる不変を求めたがる。


だが、変わっていきたい、知らない世界に飛び込んで行きたい人間にとってはそれは害悪でしかない。害虫でしかない。
移り変わり、季節が変化していくように、その流れに乗っ取り身を任せながら進もうとしている者にとっては、悪影響を及ぼす悪性腫瘍である。

仏教において諸行無常という言葉がある。
全ての事象は一つの形を保つことは出来ず、全て変化していく。移り変わっていくという言葉だ。

一箇所に一つの物事を無理に留めておこうとすれば、その場は次第に濁っていく。腐っていく。腐敗臭が漂っていく。

過去の想い出を美化し、その幻想にいつまでも思いを寄せながら生きていく。過去のみにすがりつきながら生きている者はもう死んだも同然ではないか。生きているとは呼べない。

過去を捨て、何もかも忘れろとまでは言わない。いや、そういう意味ではない。
人は、過去の積み重ね、これまでの全てを一つ、一つ糧として生きてきている。

それは紛れも無き真実であり、それがその人を形作っている。

だが、である。その過去というのは未来へ繋がるための階段でしかない。
未来という扉へ登って行くための踏み台にしか過ぎないのだ。

であれば、未来を思うべきだ。未来を見ようとするべきだ。

そして、未来を見ようと思うならば、何を大切にしたらよいのか。
今だ。今、この瞬間の全てを大切に生きていくべきだ。

いま、ここで自分がどれ程までにそのことを強く訴えようとも、その言葉は届かない。
聞き入れるべき人ほどその言葉には見向きもしない。

いつまでも過去の悪魔として生きていくだろう。

どれほど、惨めで情けなく、愚かなことであるかなど少しも気が付かぬであろう。

ただ、そういう生き方を選択したと言ってしまえばそれまでのことではある。

何を大切に、何を軸に生きるかなどその人の勝手であり他人が干渉し、とやかく言うことでないことも重々承知している。

一つ頼むとすれば、その過去への執着により誰かしらへ余計な世話やら迷惑を掛けることだけは、遠慮願いたい。