思考拡張日記。

日々感じたこと、学んだことを文章にしています。

過去の人々を時々思い出す。


過去に仲良くしていた人たちは、ほぼ連絡先がもはや不明になっている。

たまにふと何かの拍子に当時のことを思い出したりすることがある。


ただ、顔ははっきりと頭に出てこない。
時間が経過し過ぎたせいで、記憶が曖昧になっているようだ。

だけど、その時に見た景観だとか、妙に印象的だったワンシーンだとか、交わしたワンフレーズだとかは残っている。

こうやってこれからもまた、色んな人間たちと出会っては別れていくのだろうか。

しかし、学生時代の様に活動的じゃなくなっているので新規の知り合いがどんど増えていくことが余りない。
今は、固定化された人間関係のなかで過ごす様になったので、付き合いは続き、互いに歳を重ねていくことになるのだろう。

どちらかといえば、自分はそんな風に長期間知り合いでい続けることよりも、短期的に関わり合い、それ以降は記憶の中だけに生き続けるようなものが好きな気がする。

家族だとか配偶者だとかの、絶対的な位置にある人たちに対してそんな思いはないが、偶然知り合った相手に対してはそれで良いと考えている。

何処で何をしているのだろか、また会ってみたいな、という気持ちが以前はあった。
今では、そんな人間がいたな、という再認識で終わる。

季節の移ろいの如く、人間模様も常に変化を受けていく。
それを上手く自分なりに取り込んでいき、表現出来ていけるようになりたいな。

人間なんてどうでもいい。

ひと昔前に流行った『涼宮ハルヒの憂鬱』じゃないけれども、「ただの人間には興味はありません」って感じで生きている。

ただの人間にはというより、人間そのものに興味が持てない。

だから、小説も読めない。
小説を読んでいても、登場人物1人ひとりが目障りに思えてくるし、誰も出てこないで欲しいなと考えている。

特に女キャラばかり出てくる様な物語とか、すぐに読みやめてしまう。
ストーリーを練る力が不足しているのを、恋愛要素で誤魔化しているとしか思えない。

漫画も人間ばかり出てくるので、読めない。

そんな感じなので、多くの人間が長時間集まる空間とか耐え難い。
職場なんてのはその最たるものだ。

結局のところ、1番居心地の良い空間となるのは意識の集合体であるインターネット空間。そこに落ち着く。

肉体を失わせ、精神世界を視覚化させたものがネットだ。
ただ、肉体を介在させなければアクセス出来ないという不都合がある。

身体すらも機械に置き換え、意識の全てを電子空間に潜っていける未来が早く欲しい。

電脳社会になってきたな。

常時、我々はネット世界に接続し続けている人生になったなと常々感じている。

以前は自宅に戻り、デスクトップパソコンの電源ボタンを押すまではネットとは切断されていた。

それが今や、片時もスマートフォンから目を離さない人々で溢れかえり、皆、ネット世界へとダイブしている。

ちょっと前まではネットばかりする若者のことを批判していた様な、中高年層ほどスマホに熱を上げている姿を電車内ではよく見かける。ゲームをしたり動画を観たり、ニュースまとめサイトなどを閲覧し続けるオヤジたちの姿を数年前までは想像出来なかった。


近未来SF漫画『攻殼機動隊』で描かれていた、電脳社会に近いものが現実となったわけだ。人間が常にネットに接続し続ける社会に。それについては、『攻殼機動隊』の映像作品で監督をなされていた押井守氏も言及されていた。


産まれた時からネットが当たり前にある環境で育った子たちがどんどん増えていく。
ネットを通じて見ず知らずの人間同士でのコミュニケーションが幼少期から存在する世界を生きる世代は、もう新人類呼べるほどに、自分たちとは感覚が違っているのだろう。

生きるのが上手くはならない。


やらなくてもいいようなことで心を悩ませたり、買わなくてもいい物を買うことで経済的にも精神的にも負担を負ってしまったりとか、人間は本当に生きるのが下手だなと思う。

自分の判断ミスとかで、思ったような結果を得られなかった時とか凄くイライラするというか嫌な気持ちにさせられる。


なんでこうも、生きているだけで面倒なイベントごととか、厄介ごとに巻き込まれていくのだろう。

自分にとって少しも興味を持てないようなことにお金とか時間とか精神とかを使うことが本当に嫌いだ。

みんな好きにやってくれたらいいよ、自分と関わりの無い世界で、とか思ってしまう。

凡人がであるがゆえに、他者と関わり合いを持たねばならないし、社会に組み込まれていかないと生計が立たない。

なんかよりもっと、精神の負担が限りなくゼロに近付いていく方法とか、考え方とか生き方が見つからないものかな。

小屋作って山に籠るしかないのかな。

経験してよかったというモノ一覧。随時更新




経験したこと。

フライパンで米を炊く


あっという間に炊き上がる。
炊飯器が無くても生活出来そうだなということが学べる。
少し水の量が少なかったようで固めに炊き上がったけれども、充分な出来だった。




釣りをする。

思ったより釣れた。
無料で手に入った魚が、食料になるのは素晴らしい。


上司を車に乗せて運転する

緊張する。気を遣う。


汚くて狭い部屋に住む

どんな所でも綺麗に感じるようになった。


結婚する。

新しい家族ができる。
不思議な感じ。


結婚式をする。

お金が莫大に掛かったけど、面白い。
自分があんなに目立つイベントは他にないなと感じる。


披露宴でスピーチをする。

全然緊張しないし、目立つのは楽しいなと感じる。
もっと人前で話す機会が欲しいなと思う。

人力車に乗る。

気持ちがいいけど、値段が高い。


引っ越しをする。

うまく良物件に当たると嬉しい。
新しい街に住むのは、面白い。
散歩するだけでも楽しい。


SIMフリーを契約する。

固定費削減になって助かる。
回線速度は気にならない。
ハンバーガーとかドーナツに騙されている人たちはもったいない。


ネットに上がっているレシピを挑戦していく。

レシピ本が無くても、無限に遊べる。


ドット絵を打つ。

絵心が無くても、それっぽいモノが作れて楽しい。

サウナに入る

心身共に癒される。
普通に湯船に浸かるだけでは、すぐに飽きてしまうが、サウナを使うようになるとスーパー銭湯が楽しくなる。


また、追加していく。

自力で人生を切り拓いていくための、5つの条件を書いた。


自分しか信じていないし、他人に過剰に期待するということが無くなった。

人は人であり、自分は自分だなとよく思う。

相互理解が100%になることはあり得ないし、誰かを頼りながら生きることは非常に不都合が多い。


なるべくは自分で道を切り拓いていく力を身に付けておくべきだ。


その力を身につけるために、大切だなと思うことをまとめた。

人生を切り拓く力がつく、5つの条件


1.調べる癖をつける

まずは気になることは何においても、自分で調べる習慣を身に付けておくことは大切。
今はインターネットがあるのだから、少しでも興味関心や疑問を持ったのならば、直ぐにでもリサーチしよう。


2.調べたことに対してコメントを残す

調べるだけに留めるのでなく、その結果に対して自分の感じたことや思ったことを書き残しておこう。
例えばTwitterやブログで何かしら一言でも、自分の意見を添えて情報を共有する。
これを繰り返していくうちに、何らかの形で自分なりの意見を述べる力が身に付いてくる。
何か意見を求められた際に、何も答えられないといった状況に陥らなくなる。


3.自分にも出来そう、と感じたことに挑戦していく

これくらいなら自分でも出来そうだなと思ったことは何でもチャレンジしてみるのがいい。
出来るかどうかをウジウジと悩み続けるよりも、行動にとりあえず移してみるのが早い。
やってみると簡単にできた、とかの場合は多いので、恐れずにやってみることが大事。


4.気になる人物からトコトン学ぶ

有名無名問わず、自分が気になった相手がいるのならば、その人からどんどん学習していくのがいい。
自分の場合は、本の著者を対象にすることが多かった。
気に入った作家が見つかれば、その人が書いた本をほとんど読み込む。
また、その人がネットでコラムを掲載していたり、ブログを書いているならば、それも全て読んでいく。
その人が一体何を考えているのか、どんなことから知識を得てきたのか、といったことを吸収しようとする。
これは結構大切なことだ。
その人の口調を真似てみた文体で、文章を書くということも頻繁に行っていた。
その人物になりきってみると、より理解が深まっていく。


興味の持てることを追求する

興味を持てないことは、いくら頑張ってみたところで限界がある。
面白いと思えることは努力が苦痛に感じないので、1日中やり続けることが可能となる。
周囲に合わせてみたり、流行りのモノに流されるのでなく、自分が楽しいと感じることだけを全力で追っていこう。
そうすれば、他人が追いつけない位に能力が育つ。

終わり


ここまでに書いてきたことを全て実践出来れば、結構スキルが育つんじゃないかな。

ここ数年で、ひと昔前の自分よりも随分と成長を感じるし、もっと色々と学んでいきたいなという気持ちがある。

特に頑張っていたつもりは無い。
ただひたすらに好きなことだけをやってきたなという感じだけがある。

よりもっと、うまく生きていけるようにしていこう。

休日に外出することだけが人生じゃない。

無理に外出しても仕方がないな、というのを学んできた。

生産的な活動をしていかなければ、どんどん歳だけを喰っていき、何かしらの成功を収めることは出来ないと焦っていた頃とかあった。

焦っていたからといって、特段学びを増やしていた訳でもないのだけれども。

今はなるべくは、家にいるようにしている。
自分の趣味は、基本的に場所を問うことなく実行可能なものばかりなので、わざわざ外に出向く必要性がない。

読書であったりインターネットであったり、絵を描くことであったり、音楽を聴くことや漫画を読むこと。
全て、室内で出来てしまう。

街の風景を眺めてみたり、動物に触れたり、知らない場所を散策するのも好きだが、それを常に実行したいわけでもない。
知らない人間たちとの交流も常時行いたいわけもない。

そうなれば、家にいても問題などない。

やるべきことだけ済ませてしまえば、あとは自宅にいればいい。

余計なことをしてみても、お金を遣うだけの結果を招くのみであるし、自分を守ってくれる安全な空間である"家"にいよう。