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思考拡張日記。

読者と料理とネットが趣味です。

自己の軸を打ち立てて生きましょう。

生き方の軸が自分の中に定まっていると、周囲からの圧力により容易に流されてしまうことが少なくなる。

他人の意見は素直に受け止めねばならないとの話があるが、何でもかんでも従っていては自己を喪失し、本当は自分がどう考えていたのかが見えなくなる。

まずは自分がどう感じているか、何を思っているか、どう動きたいのかを知った上で他者の言葉も聞き入れていけばよい。

全く同じ様に世界が見えることは無く、一つの事象に対して、幾つもの見方がある。 感じ方は千差万別であり、何が解かということもすぐには決められない。

あまりにも不確定要素が多数見受けられる世界において、何事も白黒の二色に分けてしまえるとの思考はあまりにも乱暴だ。 割り切れないことばかりであり、割り切らないことの方が良いことばかりである。 ゼロか10かで判別できるほどに単純ではない。だが決して複雑というわけでもない。 それこそ、その量においても曖昧なのだ。

曖昧さ、いい加減さを受け入れられる人間と、受け入れることが出来ない人間がいる。

この二種においては、私は前者の方が良いと考えている。

曖昧さを受容出来るほうが何かと生きやすい。 分けたがる人間は、他人に無理を強いることが多い。それは結果的に煙たがられる行為と繋がっていく。また、往々にしてそういう人種に限り仕事があまり出来ない。 きっちりと全てを調べ上げるよりも、そこそこの精度を保ち、回していくほうが効率的でもある。

ただ性分の違いという気もするので、自分の軸に間はさを取り込むことに抵抗を感じるのなら無理をする必要性はない。