決まった人とばっかり会って話をするんじゃなくて、色んな人たちと交流したほうがいい。なるべくなら環境や状況の異なる人がいいってことについて。
この考えについて、確かにと思いつつも、色んな人に会うのは結構しんどいし、別に会う努力をしなくてもいいかなと思っていた。
まあ、頑張ってまで数多くの人たちと交流を図る必要はないのだが、ある程度は多数の人と関わりを持つことは大切かなと感じるようになった。
その理由は、いつも同じ人と話していても、同じ反応しか得られないからだ。
同じ人といつも一緒にいると、似た話をついついしてしまう。
ああ、この話以前にもしたなーとか思いながらも、とりあえず、話してしまう。
相手の反応も、前に話した時とあまり変わることもなく、同様の返答がかえってくるだろう。
同じ話題でも、相手を変えていけば、様々なレスポンスがもらえ、今までに気が付かなかったことや、思いつきもしなかった考えが浮かんできたりする。
あと、意外とこの考えは、誰にでも通じるんだなーとか、自分の話し方ってあまり伝わりにくいんだなーとかが見えてくる。
また、どういうタイプの人間と自分は交流をしやすいか。話題が盛り上がりやすいか。
そういったことも分かってくる。
人と人は合わせ鏡だとか、他人を通じて己を深く知れるとか、世間で言われているが、まさにそうだなと感じる。
様々な人間と関わることで、自分がどれくらい他人に受け入れられやすいかとか、自分の考え方は極端過ぎないかとか、空気が読めない面倒なやつになっていないか、とかが分かる。
そうやって交流の幅を広げたならば、そのまま付き合いを続ける必要があるのかといえば、そうではない。別に一回きりであったり、年に数回の関係でもいい。
どんどん関係性は流動させていくべきだ。
最近、ぼくがブログによく書いている諸行無常の考えがここにも出ている。
人間関係も、どんどん移り変わっていっていい。
なんか寂しい考えな気もするが、そんな中から切っても切りきれない縁とか出てくる。
例えば、年に一,二回くらいしか連絡しないが、高校からの友人とはいまだに繋がっている。実際に会ったりすれば、普通に以前のように話をするし、人と人との繋がりは会う回数じゃないんだなって思える。
まあ、狙っている異性とかであれば、会う回数は重要だけど。
接触効果っていって、触れる回数が多ければ多いほど、人は馴染みを覚えてそれが好きになってくる。
なので、「ああ、あの人いいな」って思ったら、なるべく会う回数を増やすべきである。会い過ぎで嫌われる場合もあるけれどもね。