思考拡張日記。

日々感じたこと、学んだことを文章にしています。

過去の記憶が薄い。

ぼくは過去の記憶が薄い。
はっきりと思い出せるのは、地元の九州を離れ関東に来てからのこと。
よって大学時代以降のことのみである。
それまでの高校時代までのことは、断片的にしか思い起こせない。

それは、頭に残らないくらいに薄い10代を過ごしたという証拠である。
そして、事実そうであったと考えられる。

当時の自分が何を考え、何を求めて生きていたのかはもう定かではないが、今の自分とは異なる生き物であったのは間違いない。人は変わらないというが、ボクは劇的に変化を遂げてしまったので本当にかつての自分は別の人物としか考えられない。
あのままに生きていたらとんでもない大馬鹿者になっていたことだろうと、身震いがする。
タイムマシーンがあれば、はやくその愚かな生活から抜け出し、目を覚まして生きろと伝えることだろう。

10代のぼくは、非常に心が弱かった。
常に、周囲に必要以上に気を遣い、自分の心、考えを押し殺し、他人のために生きているようなものであった。
なにがそうさせたかというと分からないが、親のしつけにも問題があったのではと考えている。
何もかも支配し、全てを意のままに操られていたボクは、自分の頭で考えるということを許してもらえなかった。金を出して生活させてやっているのは、こちらなのだから黙って従えという無言の圧力を常に受け続けていた。そうして、思った通りにいかなければ激しくなじられた。

常に自信が無かった。いつも不安にさいなまれ、ボクほどのバカで無力で落ちこぼれな人間は、他にはいないだろうとさえ思っていた。そのように、ビクビク生きているから、何をやってもうまくいかない。
そんな生活の中で、唯一の支えといえたのは、小説の世界だった。
日々の苦しみを忘れ、心を遠く離れた異世界へと飛ばし、そこで過ごす。
そこは、心を安心させることのできる、唯一の場所であった。
そのため、ボクが読む本は、ファンタジーという夢物語に多かった。
現実味が無いぶん、自分の生きている世界を忘れさせてくれた。

それで良いと思うのだが、ただその頃のボクは仮想空間に逃げ込み現実から目を背け続け、現実でどううまく生きるかの術は見いだせていなかった。いや、そのことにすら気付いていなかった。
だが、その時の経験のお陰で、空想力はついた。いつも、空想の世界に耽っていた。そうして、どんどん、周囲との心の差は開いていった。周囲の者が笑ったり騒いでいることが、非常に稚拙であり、本当にくだらないと心の底から思うようになってしまった。そうして、どんどん馴染むことも出来なくなった。
友だちはいたが、クラスという集団には最後まで馴染むことは無かった。その時の自分はなぜ、こんなにも不器用にしか生きれないのかと悩んでいたが、今の自分がその当時に戻ったとしても、結局はあまり交流に積極性をだすことはなかったであろう。それくらいに精神レベルの低い学校だった。
群れて騒ぐのみで、自分の世界を確立している者がほとんどいなかった。とりあえず、皆と同じことをしていればいいみたいな、みんなといっしょ。という安全牌を拾う者しかいなかった。
自分の世界の無いものは、見ていて本当に面白く無い。
話も浅いし、考えも浅い。一度話すと、もうあまり関わらなくてもいいかなと思ってしまう。
それよりも本でも読んでいたいと感じてしまう。

話が色々と飛んでしまったが、ボクの10代は漠然としている。
思い出すことは、いつどこで何の本を買ったとか、読んだとか、そういうことばかりだ。
当時は、ファンタジー小説しか読んでいなかったが、それにより少なからず心を助けて生きていたような気がする。本を読んでいなければ、もっと潰されていたのかもしれない。

これまでのボクの人生は本に救われっぱなしだ。