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思考拡張日記。

読者と料理とネットが趣味です。

都会を歩くと、イライラしてしまう。

最近、めっぽう怒りっぽくなってしまった。

一緒に歩いている人にはとてつもなく申し訳なく感じる。

だが、冷静でいられないのだ。自分の心に素直になってしまったということで、許してもらいたい。

なぜ、こうも都会で過ごすことが嫌になったかの発端といえば、昨年に体験した山の中でのキャンプである。大自然に囲まれて人の気配を感じることもなく、ただぼーっと過ごし、空を眺める。あれを知ってしまったばかりに、こうなってしまった。

 

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都会がイライラさせる理由。

1.人がとくかく多い。

まず、なぜ、都会を歩くとイライラがくるかと言えば、その人の多さだ。

気を遣いながら前に進まねば、すぐに誰かしらと肩やらヒジが衝突してしまう。

こちらが避けながら歩行してようとも、向い来るおっさんおばさん連中はブルドーザーのようにまっすぐに突っ込んでくる。奴らは方向転換ってことが出来ないようなのでそれはもう諦めている。

 

2.買わせたい、消費させたいという、街の薄汚いエネルギーが溢れている。

都会には、どうにかしてこのバカどもに物を売りつけよう、何か契約させようという、薄汚れた悪魔の存在をヒシヒシと感じる。

それは、ハトが街を飛びかうケータイ通信の電波を目で捉えることが出来るという話と似ている。ぼくには、街全体に、そういう売りたいぞ電波が飛び交っているのが見えるのだ。(そんな気がする)

なので、なかなかに物を買うことが出来ない。何か暖かいジャケットが欲しいなと洋服屋に入っても、すぐに背後に、嫌な気配を感じる。

振り返ってみれば、遠くから、いやらしい笑みを浮かべた店員がこちらを見ている。

ああ...見つかったかと、そ知らぬフリをしても、すぐに側まで寄ってくる。足音も無く、いつの間にやら隣にいるのだ。

聞いてもないのに、謎の言葉を次から次へと話し始め、何やら色んな服を着せようとしてくる。そのまま着せてくれ、タダで外まで連れて行ってくれるならいいが、もちろんお会計は必要だ。お金は払わなきゃいけないのなら、黙って好きに店内を見せて欲しい。ただ、こういう空気の読めない店員は中途半端な都会の店に多い。ちょっとレベルの高い店にいくと、そういうギタギタした嫌な店員はいなくなる。

 

3.行動の予想がつく。

用事を済ませ、買い物をして、疲れたらカフェで休憩してのエンドレス。

誰かと、都内で過ごすとなるとそうなってしまう。

そしてそれらの行動全てに、お金が必要というのも嫌な気分になる。

だが、どーしても、静かな所に行きたく、少々値が張ってでも、人がいない広々としたカフェなどを選びたくなる。

ファーストフード店とかはまずあり得ない。余計に疲れる。

だが、コーヒー、一杯1,000円近い店とかワケが分からない。

どれを飲んでもあまり差が分からない僕としては、もったい無く感じる。

 

おしまい。

ここのところ、休日は家で過ごすか、人のいない静かなところへ出かける事にしている。休みの日まで疲れていては身がもたないからだ。それなら田舎に暮らせばいいではないかと思うが、それはそれで飽きそうだし、面白いイベントが無さそうで、駄目なのだ。結局、都会には、面白いイベントがあったり、何か欲しいものが有るときには便利なので、行ける距離の所に住んでおきたいという思いがある。

だが、都会へ行くのは、必要最低限の回数に留めておこうと思っている。